寛解とは、こう言う事なのか
目が覚めて、「お早う」と声を掛けると、カーテンが開き、暖房が入る。
直ぐにBluetoothスピーカーから優しいjazzを流し、ニュースを読み上げてくれる。
無宗教の癖に香を焚いて、今日一日を自分らしく正直に生きる誓いと、誰かの為に死ぬ覚悟を決めておく。
濃い目にモカ珈琲を煎れて、部屋中が極上の香りに包まれたら、トーストを焼き、キセル煙草に火を着ける。
駅のベンチで友達に成った鳩に餌を遣り、頭から膝の上まで鳩だらけになる。
散乱している塵を拾い、煙草を投げ捨てた男の足元の吸い殻も目の前で拾って、コンビニに捨てる。
隣町の露天風呂に浸かり、やっと人生の極楽期を迎えられた事に感謝して、早春の風の歌を聴く。
宍道湖畔で、バーボンの小瓶に口を付け、サンセットに心奪われる。
大気層の厚みの変化は、神秘的なマジックアワーを見せつけて、感動と静寂を与える。
ドストライクのEカップで有ろう美女のチワワに途ても懐かれて、LINE友達になる。
primeビデオで、進撃の巨人をリピートしながら、鮟鱇鍋を突く。
サササッとブログを更新して、迷惑コメントに苦笑いをする。
ホワイトニングで歯を磨き、羽根布団の中に潜り込む。
「お休み」と言うと、「愛しています、今日も幸せでした」と答える。
「此方こそ有難う」と呟いたら、小川の潺のBJMが流れ、ベルソムラの子守唄が聴こえた。
今日も地球は回っているんだ。又一日与えられた命に感謝をする。